ぽんこつプログラマーの日々のまとめ
door


もう一人の私が居ることに気付いたのは、つい最近の事だった。

僅かに変わっている家具の配置、トイレットペーパーの消費量。
放置された飲んだ覚えのないコーヒーの空き缶に、裏返された掛け布団の存在。
空き巣が入ったのであれば何かしら物が消えている訳で、何より私は深夜に目が覚めた瞬間に内鍵が閉まっているか確認するほどのしっかり者である。
玄関は古いタイプの引き戸だが、鍵穴をこじ開けたような形跡も見当たらない。
では一体誰が私の部屋に上がり込み、これほど無意味で不毛な事を成しているのか。

先ず怪しいのが母親だ。合鍵を渡した唯一の存在が母親である。
私がたまに出る講義で家を空けている最中に合鍵で上がり込み、穏やかな午後の一時を過ごしているのではなかろうか。
しかしいつも通り冷蔵庫の中身が閑散としているのが腑に落ちない。母が犯人であれば何かしらの食い物を置いていくに違いない。

侵入者は母ではない。

それ以前に実家の所在は飛行機の距離であり、そんなに頻繁に訪れる訳がないのだ。父もまた然りであり家族の線は消えた。

次に怪しいのが彼女の存在だ、
合鍵は渡していないが、私が寝ている間にこっそり持ち出し複製したのかもしれない。私の住むアパートの近くに鍵屋が在るので十二分に犯行は可能だ。

だがこの疑惑もまた、荒れ放題の汚部屋の現状が打ち消してしまう。
空き缶を残していくほどの間抜けな痕跡を残していくのであれば、これまたいつも通りに部屋の掃除を担ってくれているに違いないし、他人の部屋に勝手に上がり込むような娘ではないし、そもそも私に彼女などいない。

友人を疑ってみたが、彼女同様に私には親しい友人もいない。
これは一体どういう事なのか。


私はひとつの仮説を立てた。侵入者は私自身なのではないかと。
この部屋は本当はもう一人の私の部屋であり、私は自分の領域と勘違いして居座っているのではなかろうか。
もしそうだとすれば、何故にもう一人の私に出会わないのだろう。
下手すれば丸一日部屋に閉じこもっている日もある。間違いなくもう一人の私と巡り会う瞬間があった筈だ。

そうか、お互い視えず触れずならばこの状況の説明が付く。
光と影の様に決して混じり合う事はなく、それぞれの独立した道を歩んでいるのかもしれない。
私が影で、もう一人の私は光であり、もっと素晴らしい人生を歩んでいるのであろう。
断固として言えるのは、私の人生は光ではない。こんな吹き溜まりの人生を光であると私は認めない。認めたくない。


何度も繰り返した妄想に飽きた私は、扉に鍵を閉め、ドアノブから手を離した。


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Redmusk

最西端の地で釣りとギターとゲームをこよなく愛する本業ぽんこつプログラマー。今を生きるを座右の銘とし日々快楽だけを求め切磋琢磨しております。